インドネシアでM7.7の地震、死傷者多数
ファリド・スサンティBBCインドネシア記者、ヘレン・サリヴァン記者
インドネシア東部フローレス島で15日午前4時58分(日本時間同6時58分)ごろ、マグニチュード(M)7.7の地震が発生した。防災当局によると、同日夜までに少なくとも47人の死亡が確認された。
救助活動が進むにつれて、死傷者の数は増え続けている。国家防災庁によると、マンガライ県で24人、東マンガライ県で17人、シッカ県で3人、ンガダ、エンデ、西マンガライ各県でそれぞれ少なくとも1人ずつ、死亡が確認された。
被災地では、地震とその後の数十回の余震により、複数の建物が被害を受けた。強い余震が複数回発生し、M6.1とM6.4の揺れも起きている。
インドネシアの気象気候地球物理庁によると、震源の深さは15キロだった。地震の震源が浅いほど、地表への影響は大きくなる傾向がある。

マウメレ港で撮影された映像には、ターミナルビルから大きなコンクリート片が崩れ落ち、島間フェリーへの乗船を待っていた乗客に降り注ぐ様子が映っていた。船へのタラップが崩落した際には、一部の乗客が海に投げ出された。
東ヌサ・トゥンガラ州のエマニュエル・メルキアデス・ラカ・レナ知事は記者会見で、多くの住民がが寝ている間に、崩れたがれきの下敷きになって死亡したと述べた。
同州シッカの海岸に近いタリブラ村に住むアーノルド・ウェリアント氏は、「非常に強い揺れ」で目が覚めたと話した。「驚いて目が覚め、すぐに子どもの部屋に行った」という。
ウェリアント氏はBBCに対し、多くの人々がすでに山間部に避難したと語った。
「海水が引いたので、他の住民も道路脇に立っていた」とウェリアント氏は話した。「かなりの間、水位が低いままだったので、皆パニックになって逃げ出した。私は地域の保健センターに行ってみたが、そこにいた人たちはすでに避難していた」。
津波警報が発令されたが、その後に顕著な海面上昇が観測されなかったため、最初の揺れから約3時間後に解除された。
当局が津波警報を発令した後、バイクに乗って内陸部へ移動する人々の列が見られた。国家防災庁によると、2000人が避難または自主的に移動したという。
同庁によると、シッカ州で3人、マンガライ州で6人、東マンガライ州で5人の死亡が確認された。さらに、少なくとも他に2人が重傷、11人が軽傷を負ったという。

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ウェリアント氏によると、タリブラ住民の多くは余震のため自宅に戻るのを恐れ、屋外に出たままだという。
震源地の西にあるルテン市の大学講師、ユリアン・ジュイタ・エカリア氏は、余震を警戒してコンロを外に運び出し、そこで料理をしていると話した。
「こんなに大きな地震は初めてだった」と、エカリア氏はAFP通信に話した。「まるでトランポリンの上にいるみたいで、本当に怖かった」。
被災地は人里離れた山岳地帯のため、被害の全容を把握するには時間がかかる見通し。
初動調査によると、住宅54棟、医療施設5棟、礼拝所3棟、政府庁舎6棟、教育機関1棟、倉庫1棟が甚大な被害を受けた。
国家防災庁によると、マンガライ州は最も被害の大きい地域の一つだという。
同庁は、冷静を保ち、沿岸地域や被害の兆候が見られる建造物には近づかないよう住民に促した。
インドネシアは、三つの主要な地殻プレートの境界に位置しているため、地震や火山活動が頻繁に発生する。










